「時給が高くなるよりも103万が178万になったほうがよっぽどありがたい」――。東京・永田町にもほど近い上智大学のキャンパスで、学生たちから寄せられたある授業の感想のなかに、親の特定扶養控除「103万円の壁」に苦しむ声が多く見られた。自民、公明の両与党と国民民主党は、この「103万円の壁」を2025年から150万円以上に引き上げる方向で協議を続けている。
「ちょうどこの時期は、年末調整という事もあり、私のバイト先でも多くの大学生が出勤控えをしている。そのため普段は出勤枠を取り合うような形になるほど人手が十分にあるのにもかかわらず、年末が近づくにつれて人手不足になっていくという不思議な状況となっている。」
ある学生はアルバイト先の状況をこう説明する。大学生たちが自身の年収が103万円を超えないように「働き控え」をしているというのだ。
「私は学習塾でアルバイトをしており、時給は集団給で2300円。103万円以内で働くために、9月からは週1での出勤を強いられている。」
「周りには扶養を越さないようにと10月半ばから欠勤しているアルバイトの学生が多くいる。そのため年末にかけて人員不足にもなりかねない状況だ。」
「働き控え」の結果としての職場での人手不足を指摘する声が目立つ。
「私は時給1250円の雑貨販売のアルバイトをしているが、春夏の長期休暇で一気に稼いでしまったため、現在11月上旬の段階で、既に扶養ギリギリである。(中略)これは労働者にとっては収入制限という問題であり、経営者にとっても人手不足と言う課題を引き起こしている。」
「103万円の壁」とは、自分のアルバイト代などに所得税が課税され始める年収額のことを言う。それに加えて、家族の扶養に入っている学生などは、年収103万円を超えると扶養から外れてしまい、親などの扶養者の所得税や住民税が増える。年間の合計所得金額が48万円以下(給与のみの場合は給与収入が103万円以下)であることが、扶養を受けられるための要件となっているからだ。
こちらが学生にとって重要な点だ。特に、大学生の年代に当たる19歳~22歳は「特定扶養親族」に当たる。「特定扶養親族」は他の年齢よりも扶養控除額が大きく、該当する親族がいる場合、その扶養者は、所得税について63万円の控除を受けられる。この扶養控除額が大きいため、103万円を超えてしまうと世帯全体としての収入が減ってしまう可能性があるのだ。
10月1日に東京都の最低賃金が改定されて、従来の時給1,113円から時給1,163円に引き上げられたことにより、年収の壁問題がさらに深刻化しているという学生も少なくない。
「最近10月になって掛け持ちしているバイトが一斉に時給を上げた。嬉しいことではあるが、扶養内で生活する上では非常に難しい面もあり、この時期になると働きたいけど働けないという問題も生じてくる。賃金の上昇だけでなく、扶養の限度額にも目を向けてもらいたいと思った。」
「先月の最低賃金アップにおいても問題が生じた。私が働いているところでは、103万円という上限に合わせて計画的に働いていたアルバイトの人たちが、最低賃金アップに伴い扶養上限を超えてしまう恐れにより、出勤日数を減らさなければならなくなっており、現在人手不足の問題に直面している。」
「最低賃金をあげてほしいという声は、私の周りではあまり聞かない。むしろこれ以上上がらないでくれという人も少なくない。」
中には、「有給の制度も、給料に含まれるためありがた迷惑の状態である」と、本来であれば労働者にとって嬉しいはずの有給制度すら迷惑だという切実な声まで。
10月におこなわれた衆院総選挙で、国民民主党が支持率を伸ばした。その理由について、年収の壁の見直しが関係しているだろうと言及する学生も見られた。
「先日の衆議院議員総選挙で国民民主党が『103万円の壁撤廃』を公約として掲げ、議席を増やしたことは、扶養控除への国民の疑問を反映しているだろう。」
「最低賃金を上げることについて、立憲民主党が最低賃金を1500円にすると示したのに対し、国民民主党は『103万の壁』を178万にすると示し、結局若者からは国民民主党の支持の方が高かった。ここから、最低賃金を増やしたとしても103万の壁により結局収入は増えず雇用主を苦しめてしまうだけになってしまい、意味がないということを表しているのではないだろうか。私自身も、時給が高くなるよりも103万が178万になったほうがよっぽどありがたいと感じている。」
今、学生たちが求めているのは最低賃金があがることではなく、年収の壁が103万円から上がることであるようだ。自民、公明の両与党と国民民主党は、11日、年収の壁を「178万円を目指して2025年から引き上げる」ことで合意。20日、与党は、特定扶養控除を受けられる子の年収要件を103万円から150万円へと引き上げ、「壁」もなくす「税制改正大綱」を以下のように決定した。
「19 歳から 22 歳までの大学生年代の子等の合計所得金額が 85 万円(給与収入 150 万円に相当)までは、親等が特定扶養控除と同額(63 万円)の所得控除を受けられ、また、大学生年代の子等の合計所得金額が 85 万円を超えた場合でも親等が受けられる控除の額が段階的に逓減する仕組みを導入する」
今後、与党と国民民主党がどこで一致するのかが話題の焦点となる。
<本記事に引用した学生の感想について>
11月5日、上智大学文学部新聞学科の「時事問題研究Ⅱ」の授業内で、ある学生グループは、東京都の最低賃金の引上げについて取り上げて発表した。それに対して、発表を聞いた受講生から「103万円の壁」に関する内容のリアクションペーパーが多く寄せられた。オフレコの指定があるものを除いて、リアクションペーパーはすべての受講生に共有されており、本記事ではそのリアクションペーパーからいくつかを選び、その内容を抜粋し、引用した。オフレコ指定のないリアクションペーパーの内容を対外発信する記事に用いる可能性については、あらかじめ受講生に説明されている。