岡山市の山火事「15日24時間消し続けた」鎮火後に残ったもの
- 長谷川 明莉
- 11 分前
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岡山市南区で2025年3月に発生した林野火災を覚えているだろうか。
2025年3月23日に発災し、鎮火までに要した期間は20日。
岡山市南消防署によると、消火活動には20日間で県内外から延べ557台の消防車、延べ67機のヘリコプターが投入された。消火活動にあたった消防職員や消防団員、自衛隊員はあわせて5979人。被害は隣接する玉野市にも及び、焼失面積はあわせて486ヘクタールと、記録が残る1965年以降、岡山県内で最大の被害となった。
半年後の山火事跡

2025年10月、現地を訪れると、貝殻山の頂上から中腹にかけて、遠くから見えるのはこげ茶色の斜面。
近づくと、かつて生い茂っていた木々の姿はなく、背丈の低い枯れ木が残されていた。

命がけの消火活動
火災発生当時、現場では何が起きていたのか。消火活動にあたった岡山市南消防署の小牧晃さん(36)に話を聞いた。
山の斜面を、炎が一気に駆け上がっていくんです。
小牧さんによれば、夜になると、山はオレンジ色に染まり、背の高い木々が、バチバチと音を立てながら燃え上がった。火災現場から8キロほど離れた場所にある消防署からも、立ち上る煙と炎の光が確認でき、現場付近には焦げ臭い煙の匂いが立ち込めていたそうだ。

過酷だったのは、その消火活動の環境だ。
24時間、誰かが火を消し続けないといけない。活動は長期に及び、体力的にも精神的にも厳しかったです。
実際、発災から最初の15日間は、24時間態勢で消火活動が続けられた。
隊員たちはローテーションを組んで対応したが、想定通りに進まない場面も多かった。
さらに山火事特有の危険もあった。
気づいたら周囲を火に囲まれてしまうことが一番怖い。
どこで撤退するのか、どこまで踏み込むのか。
常に判断を求められた。引き際や安全管理の難しさが、現場の大きな課題だったという。
守られた地域の守護神
火の手が迫る中、守られた場所があった。現場近くにある素盞嗚(すさのお)神社だ。

同神社の宮司、河田晴彦さんによると、火災発生から数日後、風向きの変化によって、炎は一気に神社へと近づき、本殿からわずか10メートル先まで火が迫ったという。

河田さんはご神体を本殿から下ろし、いつでも避難できるよう備えた。それほど、状況は切迫していた。
とにかく、社殿に燃え移らないでほしい。その一心でした。
祈るような思いで見守る中、消防団や消防隊員が駆けつけ、夜通し放水を続けた。
炎がすぐそこまで迫るなか、神社は焼失を免れた。それは偶然ではなく、現場で戦い続けた人たちの判断と行動によって守られた結果だった。
災害を「自分ごと」として考えることの難しさ
取材を通して何度も耳にしたのは、「まさか、自分の地域で起きるとは思っていなかった」という言葉だった。
災害は、どこか遠くの出来事として捉えられがちだが、その“まさか”は突然現実となる。
経験しなければ実感しにくい危険を、いかに自分のこととして捉えるかが問われている。
今回の林野火災では、幸いにも人的被害はなかった。
しかし、現場で活動した消防隊員は、強い危機感を口にする。
「山での火の取り扱いには、十分に注意してほしい。焚火やごみ焼き、キャンプやBBQの火の始末が原因で、火災は起こり得ます。」
20日間に及ぶ火との闘いは終わった。しかし、かつての緑が戻るまでには、それをはるかに上回る時間がかかる。
発災からちょうど1年となった2026年3月23日、火災跡地では、山林の再生を願い、岡山県の伊原木隆太知事や地元住民ら約60人が植樹を行った。
岡山県は2026年2月に公表した復旧計画に基づき、土砂流出の防止や緑化を進めている。自然回復が見込める区域では経過を見守り、必要に応じて対策を講じる方針で、復旧は2030年度までを予定している。
前例のない大規模火災を経て、被災地の復旧は続いている。





