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高校野球の現場、暴力といじめ 当事者の告白「本当に痛かった」

高橋 壯、田村 優樹

 高校野球の現場では、依然として暴力が振るわれ、いじめがある。加害者は野球を続けられるにもかかわらず、日本高等学校野球連盟の規定が障害となって、被害者は野球を継続しづらい現実がある。いじめや暴力が原因で高校を自主退学したという2選手と、高校時代にいじめを経験したことのある大学野球部の1選手に取材した結果、そのような実情が浮かび上がった。

 

「やっぱり暴力ってなくならないんですよね」


 Aさん(仮名)は、甲子園出場経験のある中国地方の強豪校をいじめが理由で退部した。Aさんは「入る時にやられるのはわかっていて、そういう気持ちで行ったんですけどダメでしたね」と当時を振り返った。


 「甲子園に行きたくて、高校に入ったんですけど、甲子園っていう目標のためだけに」

 「正直入った時に1日、1日生きるのに必死で。生活していくのが、甲子園という目標を忘れるというか見失った。甲子園に対するあこがれがなくなってしまって、それであればほかのところでやりたいなと思った」


 Aさんによると、野球部の先輩から体育倉庫で腹部を殴られたり、顔を平手打ちされたりしたという。暴力を受けた後は「本当に痛かったですね。数日間、痛みが続くこともあった」という。


 取材に対し、Aさんは「やっぱり暴力ってなくならないんですよね」とうつむいた。


 「なくそう、なくそうっていっても、暗黙の了解みたいなのもあって、先生には相談できなかったですね。もっとやられるかもしれないし」


 Aさんによると、寮には寮母さんなど第三者はいなかった。先生が1人泊まっていたという。しかし、1人では寮の管理が行き届かず、ほぼ生徒だけで運営されていた。監視体制がないなかで、暴力は振るわれていた。


 「お風呂場で3年生が2年生をボコボコにしているところを見ちゃって。その先輩はすごく怖いんですけど。自分はなにもできなかったなって。見ているだけだったなって。結構痛そうでしたね。あのときは。それを見たときが、自分は一番怖かったですね」


 Aさんは同校を自主退学した。その後、神奈川県大和市に拠点を置き、野球を継続したい高校生から大学生の年齢層を中心の選手が所属する野球クラブチームGXAスカイホークスに入部することにした。他の高校に入る選択肢もあったが、高校野球連盟の規定で、1年間試合に出られないのが嫌で、すぐに野球ができるGXAスカイホークスを選んだ、という。


 日本高等学校野球連盟の大会参加者参加資格規程に、春夏の甲子園大会など同連盟主催の大会や国民体育大会に出場できる選手の資格要件が定められており、「転入学生は、転入学した日より満1カ年を経過したもの」との制限がある(第5条(3))。「ただし満1カ年を経なくても、学区制の変更、学校の統廃合または一家転住などにより、止むを得ず転入学したと認められるもので、本連盟の承認を得たものはこの限りではない」との例外規定もあるが、原則は、転入学から1年以内の生徒は出場できない、というものだ。Aさんの言う「1年間試合に出られない」というのはこれが理由となっている。


 GXAスカイホークスの事務所で筆者(高橋)の取材を受けた2022年7月11日、Aさんは、学校の先生になる夢を語った。


 「そのために今はちゃんと野球をして、ちゃんと学校行って、やることやって、将来にむけて頑張っていきたいと思っています」


 グラウンドで、Aさんは、だれよりも大きな声を出し、泥まみれになりながら、白球を追っていた。



「結束バンドで叩かれているのを何度も目撃」

 

 GXAスカイホークスでのAさんのチームメート、Bさんも、甲子園出場という夢を抱き、高校の寮に入った。


 新潟県の強豪校で、Bさんにとっては、中学校時代の先輩も在籍し、「甲子園に行きたくて、結構いいっていうのを聞いていた」という。ところが、寮に入ってから2、3日経ったとき、寮のお風呂で、3年生から遊びで上半身をつままれた。引っ張って、ねじられたという。つままれた箇所がそのあと赤くなった。それから1週間ほど何もされなかったが、その後、次第に先輩からの暴力はエスカレートしていったという。


 「なにもしてないんですけど、先輩の八つ当たりみたいなのが結構あったりして、監督からしごかれたりすると当たってきたりして」


 Bさんの話によれば、4月のある日、3年生の先輩に誘われて部屋にいくと、肩を2、3回殴られたという。お風呂場や部屋で裸になっているときには、顔や身体を平手打ちされた。


 5月には、誰もいない寮の廊下で、3年生の先輩から背中に飛び蹴りをされたという。つままれる回数も増えていき、5、6回になった。


 「これが高校野球なのかな、これが普通なのかな」。Bさんはそう感じ、日々を過ごした。


 Bさんによると、2年生の先輩によって同級生が背中を長時間結束バンドで叩かれているのを何度も目撃したという。その様子をBさんは「先輩が『きょうは終わりにしてやるよ』と言って、次の日にまたやっていた」と振り返った。それを見てBさんは、自分はそれほどまでにひどい仕打ちはまだ受けていないと感じた。そのときは暴力を受けても、高校を転校しようとは思わなかった。甲子園の夢があったからだ。


 しかし、やがてBさんは先輩からの暴力だけでなく、同級生からのいじめにも苦しむようになった。ある同級生に嫌われて以降、無視をされるようになり、それは2、3週間続いた。指導者を兼任している寮官がいたが、寮にいる時間は少なく、監視の目は届かなかった。


 「同級生からのいじめもあって、そういうのもあってちょっとしんどくなってきた」


 転校を決断したときのことをBさんはそう振り返った。先輩からの度重なる暴力と同級生からのいじめによって、精神的に辛くなったことが要因で、同校を自主退学し、GXAスカイホークスに入部した。


 「やめたのが早かったので、ほかの高校いこうとしていたんですけど、両親がGXAスカイホークスを調べて、見つけてくれた。そのときスマホ使えなかったので」

 「僕、自分の夢がプロで、ここは高校野球と違って、(使うバットが)木製で指導者も元プロなんで、ここのほうがプロにいけそうだなと思って、選びました」。


 Bさんは2022年7月11日と2023年6月23日の2度にわたって筆者(高橋)のインタビューを受けた。将来について「プロを目指すために、独立や社会人で野球をやっていきたい」と語った。


 グラウンドに戻ると、Bさんは、炎天下のなか大粒の汗を流しながら、チームメートと一緒にランニングを続けていた。

 

「練習後にベルトでたたかれた」 

 

「暴力を暴力と思っていない人が、そういうことをするって、言いたいですね」


 現在ある大学の野球部に所属するCさん。高校時代、同級生から練習後にベルトで体をたたかれるなどの暴力を受けた経験を持つ。


 小学校3年生から野球を始め、関東地方の地元の公立中学校でも野球を続けた。


 「正直、クラブチームとかで野球をしている人たちに比べたら、野球の実力はなかった。それでも、甲子園に行きたい気持ちが強かった」


 高校では甲子園優勝経験もある強豪校に一般入試を経て進学した。


 そうして、晴れて野球部に入部したCさんを待っていたのは、これまでとは全く違う環境だった。


 「地元の公立中学校でやっていたので、高校に入ったときはびっくりしました。周りには、スポーツ推薦で入学してきたいわゆる野球エリートばかり。一般生は練習に入ることもままならなかったんです」


 このようなスポーツ推薦組と一般入試組との格差に驚いたという。


 「スポーツ推薦の人たちはもう、話しかけてくんなみたいな感じでしたね。一般入試の人たちは相手にしていないというか。けど、僕は積極的に仲良くしようとしたんですよ。それがいけなかったのかもしれません」


 Cさんは物怖じしない性格だった。スポーツ推薦の選手たちにも積極的に話しかけ、仲良くなろうと努めた。すると、1年生の7月ごろから「いじられる」ようになったという。


 「最初は些細なものでした。私服をばかにされたり。いじられてるくらいに思ってましたね」


 しかし、同級生からの嫌がらせはエスカレートしていった。


 「2年生(のとき)が一番ピークでしたね。練習中もミスしたら自分にだけ強く当たってきたり。練習後にベルトでたたかれ始めたのも2年生の5月ごろからだった気がします。自分たちが試合に出られない腹いせにやってきたんだと思います」


 Cさんによると、2年生の5月ごろから暴力を受け始めたという。練習後にベルトで背中をたたかれ、何個もあざができたという。練習中も、水をかけられることや無視されることもあったそうだ。


 「その時はさすがに精神的にもしんどかったです。オフの日に一人で海に行ってこのまま死のうかな、なんて考えたりしてました」


 3年生になり、Cさんたちが最高学年になると、暴力や暴言は少なくなっていった。「自分たちの代になってからは減りましたね。それでも小さな嫌がらせみたいなものはありました」と振り返る。それでもCさんが心に負った傷は大きかった。たたかれてできたあざは消えても、心の傷は消えなかった。


 卒業後、Cさんは野球部の集まりに顔を出さなかった。


 「野球も、野球部も、嫌いじゃないです。でも、平気で人に暴言を吐いて、暴力を振るう人たちに会いたいとは思わなかったです」


 最後に何か言いたいことはありますか、そう尋ねられると、Cさんは次のように語った。


 「暴力や暴言を吐く人は、それを悪いことだと思っていない。ノリだと思っている。そういう人間がそういうことするんです。だから、自分たちがやっていることはいじめじゃないのか、考え直す機会を与えるという意味でも、顧問や監督の注意喚起は有効だと思います」


 

「暴力を受けても言いにくい環境」

 

日本部活動学会副会長の長沼豊氏
日本部活動学会副会長の長沼豊氏(本人提供)

 部活動の問題について詳しい日本部活動学会副会長の長沼豊氏は「日本の部活動は明治時代から存在していて、日本独自の発展を遂げてきた。運動部には勝ち負けがあるため、勝つことだけが目的の勝利至上主義になってしまうことがある」と日本の部活動を分析する。


 そして、「運動部で極度に勝つことだけを目指すと明治時代、昭和時代の軍隊の論理がはいってきて、精神鍛錬主義が組み込まれていってしまう。その影響から監督、コーチ、先輩の言っていることが絶対である風潮がうまれ、暴力をうけても言いにくい雰囲気が生まれてしまっている」と語った。


 さらに、「少しずつ変わってきてはいるものの一部の指導者は精神鍛錬主義、暴力が組み込まれた指導で成功体験を得ているために、同じような指導を行うことで、負を再生産してしまうことがある」と部活動における暴力の要因について述べた。

 

【取材の視点と背景】 

 

 この原稿のうち、Aさん、Bさん、長沼さんの部分は高橋壯(新聞学科3年生)、Cさんの部分は田村優樹(同2年生)が取材と執筆を担当した。


 Aさん、Bさん、Cさんの受けた仕打ちに関する記述は、主に被害者の側のみの話を根拠にとりまとめた。本来であれば加害者側や学校側への取材が不可欠であるが、被害者の意向を汲み取り、あえてそうした反面取材を見送ることにした。 


 Aさん、Bさんについては、GXAスカイホークスのチーム担当者に話を聞き、Aさん、Bさんが、同チームに入部する際に家族とともに同趣旨の話をしていたことを確認できた。また、Aさん、Bさんは実際に高校をやめるという大きな決断をしている。こうしたことから、Aさん、Bさんの話は真実であると判断した。


 Cさんの話の内容については、具体性があったこと、Cさんが複数の友人にも同様の話をしていたこと、実際に高校野球部の集まりに出席していないことなどから、真実であると判断した。


 日本高等学校野球連盟の規定により、いじめや暴力の被害者は転校をすることが難しいにもかかわらず、加害者側が処分されていない事実を伝えることは、高校球児、未来の球児や日本球界全体を守るための公益上の必要性が大きいと考え、記事を公表することを決めた。

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