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藍原 萌木

原発事故の除染土 福島から新宿御苑へ 環境省の計画公表から1年

「30年以内の福島県外最終処分」に向けて

 

 2011年に発生した福島第一原発事故により、周辺地域に放射性物質がばらまかれ、放射線量が高くなった。これを低減するため、2012年から福島県内各地で、表土の剥ぎ取り、建物の洗浄といった除染作業が行われた。こうした除染により取り除かれた土壌は「除去土壌」と呼ばれ、総量は東京ドーム11杯分に及ぶ。この除去土壌の一部を新宿御苑(東京都新宿区)に持ち込もうという環境省の計画が2022年12月に明らかにされ、1年が経過した。最初で唯一の地元説明会が同月21日に開催されたが、この1年、2度目の説明会はついに開かれなかった。このため地元・新宿区からは「ほったらかし」との声、「住民や来園者、事業者など関係者への周知、説明があまりにも不十分過ぎる」と不安の声も上がっている。取材に対し、環境省の担当官は「現在、説明会でご心配いただいた点に対して、安心していただくための調査をしている」と語った。

 

 

新宿御苑とは


 新宿駅から10分ほど歩くと、それまでのビル群とは打って変わり、青々とした自然が一面に広がる一帯がある。

JR新宿駅から徒歩10分に位置する新宿御苑。 出典:Googleマップ
JR新宿駅から徒歩10分に位置する新宿御苑。 出典:Googleマップ

 皇居外苑と京都御苑にならぶ旧皇室庭園のひとつ、新宿御苑だ。現在は国民公園として、環境省の管理下に置かれている。緑を求め、たくさんの親子が週末に集うほか、絶滅危惧植物の栽培など環境保全活動にも取り組む。桜や菊の名所としても名高く、戦前は花を鑑賞する皇室行事、戦後は首相主催の「桜を見る会」が2019年まで開催されていた。

 

新宿御苑での計画


 環境省は、その新宿御苑の北側の一角にある花壇の下に「除去土壌」を埋める「実証事業」を行う予定だ。つくば市、所沢市でも同様の事業を計画している。

 

 環境省が2022年12月21日に公開した「新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料」によると、事業の対象は、8000Bq/kg以下の比較的放射能濃度が低いとされる土壌。集水シートを敷き詰めた3m×10mの穴に6m3(2tトラック5~6台分)の除去土壌を運び込む。その上に厚さ0.5mの土をかぶせて遮蔽し、そこで植物を栽培する(図1)。

(図1)新宿御苑で予定される実証事業の計画内容。除去土壌の上に0.5mの覆土がされ、花壇が作られる。環境省・新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料(http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/recycling/project_kengai/pdf/info_session_221221.pdf)より引用
(図1)新宿御苑で予定される実証事業の計画内容。除去土壌の上に0.5mの覆土がされ、花壇が作られる。環境省・新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料(http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/recycling/project_kengai/pdf/info_session_221221.pdf)より引用

 環境省のウェブサイト「除染情報サイト」によれば、この覆土によって放射線の99.8%を遮ることができるという。除去土壌を通過した雨水は、隣接する貯水槽に一時保管し、安全を確認した後に下水道へと放流する。また、事業は「管理区域」(図2)と呼ばれる区域内で予定している。 

(図2)実証事業の予定地。赤い点線で囲まれた管理区域内は、一般人の通行はできない。 環境省・新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料(http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/recycling/project_kengai/pdf/info_session_221221.pdf)より引用
(図2)実証事業の予定地。赤い点線で囲まれた管理区域内は、一般人の通行はできない。 環境省・新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料(http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/recycling/project_kengai/pdf/info_session_221221.pdf)より引用

 環境省によれば、「除去土壌」を花壇や駐車場に活用し、その最終処分量を減らす取り組みを「再生利用」と呼んでいる。実証事業による安全性の確認、そして国民の理解醸成などを通じ、「再生利用」の本格化を目指している。


 環境省がこのような事業に取り組む背景には、原発事故の後始末をめぐる課題がある。

「除去土壌」はいま


 「除去土壌」は現在、福島第一原発の敷地のすぐ外側に設けられた中間貯蔵施設に保管されている。


 環境省のウェブサイト「中間貯蔵施設情報サイト」によれば、「除染に伴い発生した除去土壌や廃棄物を最終処分までの間、安全に集中的に貯蔵する施設」、すなわち、一時的な保管場所として設けられたのが、中間貯蔵施設だ。保管期限は貯蔵開始から30年後の2045年3月末。保管された土壌等はそれまでの期間内に福島県外で最終処分されることが、国会が制定した法律(中間貯蔵・環境安全事業株式社会法第3条2項)に「国の責務」として明記されている。住み慣れた土地から離れて生活せざるを得ない地元住民を含む福島県民に対する政府の約束でもある。


 環境省によると、現在、中間貯蔵施設への搬入量は1300万m3を超え、東京ドーム11杯分に相当する。これの県外最終処分に向け、まずはその総量を減らさなければならない。先駆けとして環境省は、放射能濃度の低い「除去土壌」について、花壇や駐車場への「再生利用」に乗り出している。2023年3月に環境省が示した資料によると、中間貯蔵施設に搬入した「除去土壌」のうち、放射能濃度が8000Bq/kg以下のものが約7割を占める。これらを「再生利用」することで、福島県外で最終処分しなければならない「除去土壌」を大幅に減らせると環境省は見込んでいるようだ。

中間貯蔵施設=2022年9月22日、福島県大熊町で、奥山俊宏撮影
中間貯蔵施設=2022年9月22日、福島県大熊町で、奥山俊宏撮影

 このように、福島県外での最終処分の実現には「再生利用」が重要な役割を担う。そして「再生利用」を進めるための前段階、実証事業の候補地に上がったのが、東京都の新宿御苑だということになる。


 取材に対するこれまでの環境省担当官の説明によれば、新宿御苑に持ち込んだ「除去土壌」は、実証事業が終わり次第、福島の中間貯蔵施設に戻し、そこで再び保管する予定だという。実証事業の延長としてそのまま新宿御苑で「再生利用」が続けられることはないと担当官は説明している。新宿御苑における「実証事業」実施の決定が、今後、同所で再生利用が行われることを意味するわけではなく、新宿御苑を「最終処分」の場の一つとすることを意味するわけでもない、というのだ。


環境省、今後の姿勢は


 一方、新宿御苑と関わりのある多くの人たちの理解は完全とは言えない。

 

 新宿御苑の周辺に住む人たちを対象とする説明会は、計画公表直後の2022年12月21日に開かれ、28人が参加した。環境省がのちに公表したその際の議事要旨によれば、同省側が「福島県内で生じた除去土壌については、2044 年度までに福島県外で最終処分することが法律にも規定された国の責務である」などと説明したのに対し、住民側からは「住民が賛否について意思表示をするには、何か方法はあるのか」「周知が十分なされていないと住民はすごく不安になる」などの意見が出た。説明会のあり方そのものについても、「どうして住民の人数を限ったりするのか、住民の理解を得るのであればもっとおおっぴらにする必要があるのではないか。報道関係の方もいれて、ご協力をお願いしますとやるべきではないのか」との疑問が出された。これに対し環境省は、「報道関係者がいると話しづらいと感じる方もいるので退出いただいた」「今後については、今回の説明会の結果も踏まえ、引き続き新宿区と相談しながら検討する」と答え、丁寧な説明を尽くすと強調した。

 

 そして、その説明会から1年が経過した。この間、2度目の説明会は開かれていない。環境省 環境再生・資源循環局の担当官は 2023年12月21日、取材に対し、「環境省としては現在、丁寧かつわかりやすい説明をするため、先に(住民説明会で)ご心配・ご助言いただいた点に対して、安心していただくための調査をしている」と答えた。IAEAの専門家と会合を開いたり、セシウム以外の核種を調査したり、再生利用のガイドラインの作成を進めたりしているという。

 

 今後の説明会について、環境省の担当官は「具体的な日時や場所、実施方法については未定。IAEAの専門家からの助言やセシウム以外の核種の調査を踏まえ、検討していく」と説明。次回の目処は立っていない。また、実証事業の開始時期や実施期間、終了時期といった具体的なスケジュールも定まっていない。

 【付録解説】「8000Bq/kg以下」とは?


 「再生利用」される「除去土壌」の放射能濃度については、原子力規制委員会やIAEAによるお墨付きを得て、8000Bq/kg以下との基準が定められている。

 

 原子力安全委員会(現:原子力規制委員会)は2011年6月、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響を受けた廃棄物の処理処分等に関する安全確保の当面の考え方について」という文書を公開。原発事故に伴う廃棄物を処理する場合、周辺住民や作業員が受ける線量(被ばく線量)が「1mSv/年を超えないことが望ましい」と示した。これを受け、被ばく線量1mSv/年を下回る廃棄物の放射能濃度の基準として、環境省は8000Bq/kgという目安を提示。その後、2011年10月に開かれた第8回災害廃棄物安全評価検討会で、放射性物質汚染対処特措法第17条、第18条に基づく指定廃棄物(放射能濃度が高く国による特別な処理が必要な廃棄物)の指定基準として了承された。環境省は放射性物質汚染廃棄物処理情報サイトで、「この処理(指定廃棄物処理)の基準は、原子力安全委員会や放射線審議会などの諮問・答申を経て、原子炉等規制法などと同様に従来からの安全の考え方に基づき策定されたもの」と説明している。

 

 IAEA(国際原子力機関)も2011年11月、「福島第一原子力発電所の敷地外地域における大規模汚染の改善に関する国際ミッション最終報告書」(“Final Report of the International Mission on Remediation of Large Contaminated Areas Off-site the Fukushima Dai-ichi NPP”)で、8000Bq/kg以下の廃棄物の処理方法は「既存の国際的な慣行と完全に一致している」(this approach to be fully aligned with established international practices)と評価している。

 

〈参考文献〉

・「環境省 新宿御苑で実施予定の実証事業に関する説明会資料」(環境省環境再生・資源循環局、2022年12月)

・「除染とは何か?」(環境省除染情報サイト)

・「中間貯蔵施設の概要」(環境省中間貯蔵施設情報サイト)

・「除去土壌等の輸送」(環境省中間貯蔵施設情報サイト)

・「平成十五年法律第四十四号 中間貯蔵・環境安全事業株式会社法」(e-Gov法令検索)

・第24回中間貯蔵施設環境安全委員会 資料1「中間貯蔵施設の状況等について」(環境省、2023年3月)p.28

・環境省 新宿御苑管理事務所で実施予定の実証事業に関する説明会 議事要旨(環境省、2022年12月)

・中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会(第15回) 各ワーキンググループ等の検討状況(環境省、2023年10月)

・東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響を受けた廃棄物の処理処分等に関する安全確保の当面の考え方について」(原子力安全委員会 ※現:原子力規制委員会、2011年6月)

・第8回災害廃棄物安全評価検討会 議事要旨(環境省、2011年10月)

・「指定廃棄物について」(環境省放射性物質汚染廃棄物処理情報サイト)

・“Final Report of the International Mission on Remediation of Large Contaminated Areas Off-site the Fukushima Dai-ichi NPP”(IAEA,2011.10)、p.66

 

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